『ユダ…』
『……ん?』
『そろそろ、夜が明けます…』
『そうか…』
毎夜、共にした時間。ただ、互いの体温のみを感じ、朝を迎えることも少なくなかった。
肌のぬくもりを感じていられればよかった…唇の温かさを確かめていられれば………
引きよせた胸の中で、そっと小さな溜息をつく仕草…シンだけが、俺の居場所だった。
なのに…
「どうして、今、お前は、隣にいない…?」
…あの時…あの細い身体のどこにあんな力があったのか…ゼウスの放った雷の前に身を躍らせた…俺を…庇って……っ
「……シン…シン……っ」
ユダの慟哭は、誰にも…届かない……天界にも地上にも属せぬその身が、悲鳴を上げ続けていた…
「そうですか…明日には、発つのですか…」
「世話になった」
「いえ、怪我人を見捨てるほど、私は薄情ではないつもりですから」
そう、涼やかに笑うオーディーンの横顔が切ない横顔を思い起こさせた。
(…シン)
あの氷室で時を止めたまま、眠っているシンを想い、ユダは身体が小刻みに震えるのを止められなかった。このまま…このまま、何も出来ず…ただ、時ばかりを重ね、もう二度とあの温もりに触れられないとしたら…詮無い事ばかりが、ユダの心を横切る。
(私は…こんなにも弱くなってしまったのか…)
「お気をつけて…」
「ありがとう…」
僅かばかりの旅支度を村の者にしてもらい、ユダはこの地を後にした。
「待っていてくれ…シン…必ず、戻る…」
ユダの頬に優しい風が、撫でていった……
「…疲れたな…」
急く心のまま、歩を進めていたが、人間の体力は思ったより弱い。その為ユダは度々、長い休息をとる事になった。
「こんな調子では、いつになったら御印の場所に辿り着けるのか…」
虹。本来なら、形のナイモノ。それを見つけることなど出来るのだろうか?長いようで短い言葉、意味を成しているようで意味のない言葉。そんな言葉しか書かれていない地図しかユダには、持ち得ない。
「何が俺をシンの元に誘ってくれるのだろうか。俺は、いつになったらこの痛みを消すことが出来るのだろうか…」
いつ、なぜ、何所に…繰り返すのは、疑問の言葉だけ……何も無い、そのどうしようもない喪失感。今まで味わったことのない敗北感。希望という言葉をこんなにも遠くに感じたことは無いな、と自嘲する思考だけが、ユダの脳を侵していた…